性に興味があることへの、罪悪感について

クロスブルーを運営する中で、相談の現場で見聞きしてきたことをもとに書いています。専門的な医療や性教育の解説ではありません。体の不調は医療機関に相談してください。
性に興味がある自分を、どこかで責めている人がいます。
興味を持つたびに「いやらしい」「ちゃんとした女性はこんなこと考えない」という声が、頭の中で再生される。そして、興味そのものを抑え込もうとする。クロスブルーへの相談でも、悩みの中身より先に、この罪悪感の方が重そうな人がいます。
罪悪感は、自分の中から自然に湧いたものとは限りません。たいていは、外から刷り込まれたものです。
その罪悪感は、どこから来たのか
「女性は性に淡白であるべき」「性に積極的な女性ははしたない」。こうしたメッセージを、私たちは小さい頃から浴びています。
だから、性に興味を持った瞬間に、自動で罪悪感が作動する。これは、あなたの感覚が間違っているのではなく、外から入れられた基準が作動しているだけです。性の好奇心そのものが普通であることは女性の性の好奇心は「普通」に書きました。
罪悪感の出どころを「外から来たもの」と切り分けるだけで、少し息がしやすくなることがあります。
抑え込むほど、こじれる

罪悪感とセットで興味を抑え込むと、興味は消えません。むしろ、こじれます。
「考えてはいけない」と思うほど頭から離れなくなったり、急にあふれて自己嫌悪になったり。抑圧は、感情を消す方法としては効率が悪い。一度、安心できる場所で「こう思っている」と言葉にしてみる方が、よほど落ち着きます。この感覚は性の悩みをひとりで抱えてきた女性が相談を決めた理由にも通じます。
否定せずに受け取ってもらえると、罪悪感は「いけないこと」から「ただの自分の一部」に変わっていきます。
罪悪感と、節度は別もの
念のため書いておくと、罪悪感を手放すことと、節度をなくすことは違います。
同意を守る、相手を大事にする、安全に気をつける。これは罪悪感とは別の、現実的な配慮です。手放してほしいのは「興味を持つこと自体がいけない」という刷り込みの方で、配慮や分別まで捨てる話ではありません。むしろ、罪悪感で固まっているより、興味を認めたうえで落ち着いて考えられる方が、よほど安全に動けます。
否定しないことを、運営の柱にしている
クロスブルーは、性の好奇心や性欲を、はしたないものとして扱いません。安全・同意・法令は最優先にしますが、その前提が守られているなら、興味を持つこと自体を責めることはしません。
「怒られると思っていた」「引かれると思っていた」のに、普通に受け取られた。その経験が、長く抱えてきた罪悪感をほどくことがあります。何かを試すかどうかは、ずっと後の話で構いません。話すだけで終えていいことは女性の参加・相談の流れに書いています。
性に興味があることは、あなたの欠陥ではありません。ただ、話す場所がなかっただけです。
よくある質問
Q. 性に興味がある自分を、おかしいと感じてしまいます。
おかしくありません。多くは外から刷り込まれた基準が作動しているだけです。否定されずに話せる場所があると、その作動は弱まります。
Q. 罪悪感が強くて、何かを試す気にはなれません。
試さなくて大丈夫です。話して、罪悪感をほどく段階にとどめてかまいません。順番は急ぎません。
Q. こんな相談をしてもいいのですか?
構いません。悩みの中身より罪悪感の方が重い、という相談はよくあります。そこから始めて大丈夫です。
運営元:2009年から東京で続く非商業セックスサークルクロスブルー。参加費や紹介料は頂かず、女性が安心して相談できることを大切に運営しています。